大福 - daifuku -
Yoshito Kumasaka official Website

未分類

セッションが嫌い
2017.8.25

セッションが大嫌いだ。

セッションが好きという楽器弾きは少なくないけれど、

僕にはどうしてもあの調子で楽器が弾けない。

品が無いような気がしてしまって。

あるいはテクニックの理屈やら楽典的な理論が、音楽よりも先に来てしまっているようなああいう雰囲気にも馴染めない。

または演奏技術について4〜50年も前からそうやって拓かれたスリルはすでに疲弊し擦り切れてしまったんだろうか。

それで先人たちの言葉の模倣に終始してしまって、推し進め拓く情熱はがもはや枯れ果ててしまったのか。

…だとかなんとか、いろいろな意味やら言い訳をずっと考えて来て、それもまた当たらずとも遠からじ、とも思っているが、結局のところ

僕が、

僕自身の生身が、

セッションとかいう場所で

クソの役にも立たないような音とか

退屈極まりない時間を極限まで薄めたような音とか

またそのリズムとか

そんな演奏をしてしまう熊坂が許せないだけなんだな。

 

まだまだセッションが嫌いだ。

無条件にコントラバスを弾けない。

演奏するのなら新鮮な驚きを持って震えたい。

2017.8.20

我が足もまだ道半ば

目指すはあの旗

という

旗を立てなければならぬ

 

あの旗を目指すのだ

 

目的なんてちっぽけなものではなく

人類の軌跡ほどの壮大さで

そういうスケールで語ろう

 

そこでようやくコツが活きる

 

壮大な旗を

 

HONZI
2017.2.24

夏の終わり、あの日はとても晴れていた。

とても急な坂道を登っていく、その通いなれた道には曼殊沙華がマボロシみたいに咲いていたっけ。

坂道のどんづまり大勢の人が小さな平屋の家からあふれていた。

泣いたり笑ったり。

玄関を上がると、たくさん白いの花の中で彼女は寝ていた。

 

HONZIとスパン子とイデホフと僕とで「福」というバンドをやっていた。

ノルウェーでの演奏旅行は本当に楽しかった。韓国、ドイツ、オランダに寄って旅行気分で、持って行ったカードゲームは何だったかな。ヘックメックだったっけ。安いユースホステルで酒なんか飲みながらゲームに興じた。

リハーサルといえば川崎生田にあるHONZIの家に集まったのだけれど、楽器をケースから出す前にまあご飯でもということになり、イデホフがコーヒーを淹れテーブルを囲んでとにかくおしゃべりをするのが楽しくてだらだらと過ごしている間に陽が暮れてきて、坂道を下った国道沿いにあったレオという中華料理屋に行って一杯飲んで、家に戻って楽器出す気が起きないとか言ってトランプを出しては夜通し「ツー・テン・ジャック」。点数をつけてわいわいとやっていた。コントラバスをもって西国分寺で乗り換え、立川で乗り換え、登戸で乗り換え、最後の急坂を登り切って、ケースから出すことがないという。今考えると本当に無駄な体力使ってたもんだ。

よく飲んだのは赤ワインだった。

 

あるときレコーディングをしていて、コントラバスソロで一曲やるという話になった。

じゃあ弓でメロディをヒト回しと、何テイクか録ったのだけれどもう一つピンとこない。

「くまちゃん、弓をいっぱい使ってかっこよく弾いたらええんや。」

このアドバイスは一生忘れない。いいテイクが録れた。その頃の僕にしては、だけど。

 

そうだった、コントラバスの弓はHONZIに教わったんだ。だいたい僕は独学でやってきたし、ミーハー根性でフレンチボウなんて使っていたのだけれど持ち方すらよくわかっていない。それでHONZIの弓を見て真似ていたからあの頃僕の弓の持ち方はバイオリンのそれだった。間違えて覚えちゃった。今はもう矯正して直したけれど、当時は腕が変な風に疲れるし弓の毛はどんどん切れるしおかしいなと思っていた。

「あー、くまちゃんもそうやって持つんやねー、あたしもそうなっちゃうんよねー。」

って、HONZI見て覚えたんだからそらそうだよ。

 

郷愁というんだろうか。

あの頃の空気感が、いとおしい。

まだまだ書ききれない。

この善き日に。
2016.3.11

今日も生きている。

バランスをとろうなどと思わない
2015.2.19

あっちが大変だったから、こっちで楽をして楽しむ。
みたいな。
そういうことを僕はしない。
あっちもこっちも大変。
それでこそ充実する。

あるいは関係性についても
片端が好き勝手やって、もう片端は我慢する。
みたいなのも、やはり違うと思う。
いわんや、お互いが我慢する、なんてのはもってのほかだ。

そう言えば思い出したが、結婚式の司会を頼まれたときの話。

僕なんか場違いだからと一度はお断りしようとしたのだが、
先方の情熱のため、あれよあれよと司会する事になってしまった。
そりゃそうなったなら、もちろん当時の正装。
モヒカンで。
いよいよ当日になってしまって新郎新婦の紹介
まずまず参集の皆さんの笑いも取りながら無事に終え。
宴も酣となって、そのうちにスピーチの時間。
新郎の職場上司がスピーチする番に。
その上司とやらのスピーチの内容は
自分の夫婦間に起きた事件の男性としての反省に
そこから学んだ彼なりの「男女観」だった。
スピーチの締めくくりは「男は女に白旗を揚げなさい」
とかだった。
そいつはあんまりにもナサケネーなあとは思ったが
僕は司会者という役柄ヤジなど飛ばせなかった。
けれどもどうにも新郎新婦にあんまりだと思って
「ありがとうございました。〇〇さん。これからも白旗を揚げ続けてください。」
なんていう僕なりにギリギリの嫌味を言ったつもりだったが、
彼は自分のスピーチにご満悦らしく、僕の言葉など聞いちゃいなかった。
と、間髪入れずにカメラ片手に会場を縦横無尽に歩き回っていた友人カメラマンが
「クマちゃんだったらどうなの?」
と聞いてきたので、思わずマイクを通して
「僕?僕は違いますね。僕だったら、絶対に、お互いに、白旗を揚げない。」
大きくうなずいていたのは、新婦の親戚の方々だった。

こっちが折れて譲歩して、あっちも多少ひっこめて、なんていう関係では
どんどん小さくなるばかりで、爆発的な調和など産まれない。
それによって出来上がるのは小市民的な箱庭みたいな関係だけだろう。

究極のバランスとは、極度にいびつな立ち方をしているモノの事を指すと思っている。

いびつである という事はすなわち
魅力的である ということに他ならない。

輝ける毎日、終了。
2012.5.15
ちょっと時間が経ってしまったけれども、
レコ発が終わった。

京都で関西、中部の最高メンバーを集めて記念ライブやったのが、3/29。
千駄木で美しい女性達に華やかに舞ってもらったのが、4/14。
そして今回、渋谷で最強メンバーでのライブが、5/10。
もう1ヶ月以上か。

これで、録音にまつわるあれやこれやをぶつけ終わった気がする。
「大福、解散」の文字が心の底に焼き付いた。
空っぽだ。

空っぽと言えば、サラヴァ東京で、オランの席が空っぽだった。
最後までオランの席は置いといたのだけど、来なかったな。
連絡も取れずで、どうしようもなかった。

PAのイデイさんに開演前こういう話をしてくれた。

「HONZIがな、渋谷のクアトロに誘われて、OKしたんよ。
で、当日いつまでたっても来ないから、電話してみたら、
『今、大阪城公園!桜めっちゃ奇麗やでー!』やて。で、かけた方は
『そうかー、良かったなー。』で終わり。」

彼女は来なかったけれど、ライブは最高だった。
バッキーの音はいつも通り冴えテルし、
あきちゃんは突然のオラン不在でやること変わったのに突っ走ってたし、
かおりんはファンタジックな音出すし、
スパン子はどこを切り取っても音楽だし、
瀬戸さんは何をどうしても瀬戸さんだし、
houske3も眠い中強いリズム出すし、
イデイさんの作った音は世界を丸呑みするように出来ていた。

今、記録DVDを見ているが、なんだ、面白いじゃないか。
良いライブをしたもんだ。

大福は歌詞が少ない。
最近、特にそうなんだな。

記録を見て、それが前川麻子であり安田理英だと思った。
極端に言えば、大福は人が生きているということを示したいだけだから、
この2人は、大福の歌詞なのだ。
やっすんがシュールなら、前川さんはリアルだ。
どちらも同じ場所から。

やっすんの踊りは、お任せだけれど、
去年方々で踊ってもらった曲は既に
一緒に作って来たという実感があるし、
新曲もやっすんの憤りと相性が良いと思っていた。

前川さんの朗読した文章は僕が書き、
前川さんが推敲、校正を何度か重ね、
最終的に、若干の語尾を前川さんに直してもらった。

以下がその文章。

この世の中のすべてを肯定しきってみせる、 そういう力の在り方なのだ。
 それが音楽というものの本性なのだと信じている。

 窮屈。
 どうしようもなくくたびれきった段ボール箱のようで、
 そのくせ頑固にいつまでも動こうとしないような、そんな状態。
 閉じこもっているからどこも傷つかないけれど、とことん窮屈。

 ここから這い出てやろうと思う。
 その先が誰のどんな大事な場所だろうと、
 ズカズカと土足で踏みつけてでも、
ここから這い出してやる。 

よくよく考えてみれば、 
後生大事に守り抜くようなものは持ち合わせていないのだし、
 何より自分の弱さを卑屈に思ってる場合じゃあない。
 自分という広大で未知なるものをしっかりと掴み取るには、
 そんなもの蹴っ飛ばすくらいでちょうどいいと思ってる。
 それを掴んでどうなるもんでもないのかもしれない。
 その先には何もないかもしれない。
 というかおそらく何もないだろう。
 何かがあってはイケナイとすら思える。

 それでいい。

 拡げていくべきなのだ。
 今どきのこの世は「自分」で出来上がっているのだから、
 それだけを拡げていくべきなのだ。
 「自分」を拡げていく、 その闘いの真っ只中にこそ救いがあるんじゃないか。

 そうでなければならない。
 そこにこそホントウの音楽が流れる。
 そうでなければならない。

 この世の中のすべてを肯定しきってみせる、 そういう力の在り方なのだ。
 それが、音楽だ。

オランにライブのことを報告したら返事が返って来た。
彼女は生きている。

次、なんて今は考えられやしないけれど、
きっとまたやりたくなるんだろうな。

今はとことん空っぽ。

楽しいのはここからだ。
安田理英(敬称略)
2012.5.8
安田理英:舞踏

「根っこに今は眠っているように見えるどうしようもない熱気を、
こんなになっちまって、どうしたらいいだろう。
そうか、死んでもいいから生きてみよう。」

そういう踊りだ。
美しくない訳がない。
そういう意気込みが毎回ある。

けれど、それだけでは説明しきれないのは、その優雅さだ。

それは、どこからくるのだろう。
死にものぐるいの狂気も、
絶望的な怒りも、
すべて優雅にフワリと包み込む。
これはいったいなんなのか。
ただ単に幼少の頃のバレエの記憶、
というのでは答えは浅はかすぎると思うのだ。

暴けない謎。

彼女の舞踏を見て、僕は舞踏観が一変したのだ。
強烈な体験。

舞踏全体の救いを見た気分だよ。

安田理英
「おどるおばはんのブログ」
ささらほうさら写真ブログ

☆5/10(木)@渋谷SARAVAH東京
   大福レコード発売記念!『輝ける毎日〜東京編』
   open:19:00 start:20:00
   charge 前3500円 当4000円(1d込み)
  大福メンバー>熊坂義人:contrabass
            バッキー:altsax
            スパン子:accordion,piano
            オラン:accordion
            大久保かおり:bandoneon
            小沢あき:guitar
            瀬戸信行:clarinet
            前川麻子:maekawa asako
            安田理英:舞踏 
バッキー2(敬称略)
2012.5.2
バッキー:alt sax

バッキーのおおらかさというのはどこから来るのじゃか、さっぱりわからん。
性分、と言ってしまえば簡単なのだが、
これは予想だが、
ひょっとしたら、ホントウにサックス馬鹿なんじゃないだろうか。
それも「自分の」というとびきりの方法論。
それ以外のことは、心底どーでもいいと思っているんじゃなかろうか。
そういう向き合い方なのだ。

僕のこの「ひょっとしたら」が、当たっているのだとしたら、
こんなに楽天的な人生ない。

バッキーは、今年、録音物を創るらしい。
これについてもザワザワと密かに楽しみなのだ。



バッキー(敬称略)
なっ、バッキー

☆5/10(木)@渋谷SARAVAH東京
   大福レコード発売記念!『輝ける毎日〜東京編』
   open:19:00 start:20:00
   charge 前3500円 当4000円(1d込み)
  大福メンバー>熊坂義人:contrabass
            バッキー:altsax
            スパン子:accordion,piano
            オラン:accordion
            大久保かおり:bandoneon
            小沢あき:guitar
            瀬戸信行:clarinet
            前川麻子:maekawa asako
            安田理英:舞踏
きづかう
2012.3.6
人を傷つけないように、
気づかう。

なんてよく言うよな。

気を使われて、なんとなく抽象的に指摘ともつかないような、
それでいて批判的な空気を漂わせて。

ソレが一番鈍く傷つく。

まっすぐ言うこと。
見えたものを自分一流の方法で、
ズバリ言い当てる。

それが爽やかで、朗らかな方法だ。

だから気を使う相手、というのは
自分自身のコンプレックスなんだ。
雪の夜
2012.1.8
月が明るい
真っ白
山の輪郭
最終電車の踏切
過ぎて、耳に静寂

この豊かさ


夜が明るい
ちょと信じらんない
2012.1.1
それは、もう、今月のことなんだよ。
なんか馬鹿げてるような、
化かされたよな。

む、明けましておめでたい。

カラオケ
2011.11.28
カラオケなんかでリズムが良くなるだなどとと思うな。
リズムって言うのは、コミュニケーションでもあるんだ。
左手
2011.11.12
ドアノブがひねれた。
ドアノブがひねれたのだ。
骨折な生活
2011.11.11
骨折している。
その生活は、文字通り骨が折れる訳だが。

学生時代か、指を折ったことがある。
その時は、医者の言うことをキチンと聞くような性格だったから、
3週間程ギプスをはめて生活して、それでからリハビリを一生懸命やった。
このリハビリというのが、また骨の折れる作業で、
3週間もぎっちり固めた後だったから、はずした当初全く動かない。
しかも、関係ない指まで不自由。
ギリギリと痛むのを乗り越えてじわりじわりと
動かしていかなければならない。
怠けると、一生指が曲がらなくなるなどと脅されたもんだ。

これ、くっつきすぎたんじゃなかろうか。などと良く思ったもんだ。

ばっちり骨がくっつくのを待って、動かす。
まあ、ワカラナイでもないのだけれど、多分効率悪いよ。

今、手首にヒビがありながら添え木をはずして生活しているのだが、
動かし足りない箇所をさすったり、ちょっと動かしたりできる。
これは後々リハビリで有利だと思うんだ。

軽いドアノブならば、左手で回せるようになった。
ぎりぎりいっぱい
2011.11.9
ぎりぎりいっぱい生きてやりたい。
そういう季節だ。

つまり秋!

ベースが弾けない状態で、
ベースが弾きたいと思いながら、
何に挑戦するのか。

うぉう。

楽しみだわ。
応えろ
2011.10.14
そこに居るという手ごたえはあるのに。
こちらがどんなに裸になっても、応えてくれない。
そんな虚しいときがある。
どんなに躍起になっても、いっこうに応えてこない。
こんな仕打ちはない。

こんなとき僕は失恋したなあ、と思うのだ。
そのキズは鈍い。

きず~だら~けぇぇ~~。
誰かの視点
2011.10.11
写真が送られてきた。
件の録音ライブの時の奴だ。

写真という記録は、ダイレクトに誰かの視点だ。
その時、その人が見ていた。

その人と一体になるようなものなのか。
そこに現れる何かってなんだろうか。
視点とはなにか。
美しいとは。

こんな救いってあるだろうか。

ありがたいこと。
どうにも
2011.10.4
才能が無さ過ぎる。

手が抜ける仕事で、魂が震えるものか。

辞める。
捨てるのだ。
2011.9.27
捨てるのが不得意だった。
「これ、懐かしいなあ。」
などと言っては、ダンボールにしまう。
何かに使おう、などと言ってとって置く。
結局、いつまでも日の目を見ない壊れ物。

こうやって体が重くなるのだ。

もういらんだろ。
守る言い訳みたようなもの。

どんどん捨てなければならない。
捨てろ棄てろ。

ちょっとでもトぼうというのなら。
な。